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お金のはなし 端金の思想

皆さんは、財布の中の小銭に、どれだけ関心をはらっていますか?
今回は、ちょっと固めに小銭に関する小話です。
100円も200円も大差ない。端金だ。と昼下がりのオフィスで言った人がいた。

この発言を聞くと、日々の生活費を切り詰めている一人暮らしの若者や主婦は、恐らく怒るだろう。「こっちの苦労も知らないで、偉そうなことをいわないで!!カップ麺の値段を知らなかったどっかの総理と同じよ!!」と。事実、そのわずかな金額が明日の生活費、生活状況から何十年先の将来に至るまでを左右していくのだから、中々馬鹿にできないものがある。

どこからが端金なのかは人によるだろうが、しかし実際、我々庶民に足りないのはこの「端金の思想」なのではないかと思えることがある。

例えば、募金だ。貧しい人々にほんの数円提供するだけで、難病を防ぐワクチンが変えたり、数ヶ月分の食料が買えたり、雨風しのげるテントを買えたりできるという。巷に行けば、この手の募金箱は嫌でも目につく。最近では、東日本大震災関連の募金も目につく。人によっては1000円や数百円単位で募金する人もいる。
しかし、殆どは10円や1円といった小銭が大半である。全くいらないというわけでもないが、財布がかさばって邪魔臭いので、募金で手ばなしてしまおうというわけだ。この手の募金箱がレジの近くにあるのは、防犯のためというより、単に釣り銭として出した小銭を回収するためなのかもしれない。

この募金、名目はどうあれ小銭処理の役割を担っていることは間違いなく、それは明らかに「端金」といわれるものである。

「端金を持つ人」からすれば、そのお金は「無価値」ということなのだろう。いわばそこらの金属片と何ら変わらないというわけだ。こだわりがないともいえる。しかし、その中途半端なお金は、別の人にとってみれば生活の糧を与えてくれる重要な原資になるので「有価値」である。

一方で「無価値」だが、他方で「有価値」となる「端金」を、「苦労も知らないで!!」や「国民目線がわかっていない!!」という感情論だけで排除しようとしてしまうと、結局他の部分で補填せざるを得なくなるのではないだろうか。そう、税金という形で。

そうであれば、「善意」「自発的」「小銭への無頓着さ」で支えられる端金なるものは、寧ろ歓迎すべきものなのではないだろうか。

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(2010/10/29)
うだひろえ

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オススメ!!世界をおっきく小さくする読書

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