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社会の視点 盲導犬事件「訓練は虐待」と非難する人の世間知らず

ほえぬ盲導犬「誤解」、「訓練は虐待では」理解なき声 関係団体は対応に苦慮 産經新聞9月5日

 埼玉県で7月、盲導犬のラブラドルレトリバー、オスカーが刺された事件。犯人への怒りが高まる一方で、「盲導犬は何をされても声を上げないように訓練されている」という誤解が広がり、「かわいそう」「動物虐待では」といった声が盲導犬の育成団体などに届いている。盲導犬のパートナーに心ない言葉が浴びせられるケースもあり、関係団体では「全くの誤解。パートナーたちの心も傷ついている」と話し、対応に苦慮している。(服部素子)

 こちらは記事の引用でしたが、社会を騒がせる程の事件には必ずといっていいほど副次的にこうした根拠の無い非難や問題が起るものです。少し自分で考えれば、あるいは調べれば、盲導犬の訓練が虐待なのかどうかわかりそうなものですが、「屈折した動物愛護精神」に突き動かされる人々は、そのような簡単なことさえ調べていないはずです

 「犬が刺された」「吠えなかった」「そう仕向ける訓練をしているからだ」「虐待だ!」

 一事が万事、こんな調子です。

 犬と人間とのかかわり合いの歴史は古く、この事件を機に私も少し調べてみたのですが、犬と人間の生活空間が重なり合うようになったのは4〜5万年前、意図的に飼育するようになったのは1万2千年位前だといわれていますが、諸説あり詳しいことはわかっていないそうです。
 初期には、犬は食用や番犬用として飼われていましたが、後に人間の狩りを補佐する役割を与えられるようになりました。人間の言葉を理解しているかのように従順に従い、また勇猛果敢に獲物に立ち向かっていく姿勢が好まれたのでしょう。

 つまりは、昔から犬という動物は人間の生活と共にありましたが、その立ち位置を考えると動物虐待の比ではなかったということがわかります。昔から人間の都合のいいように利用しておいて、ある日突然「虐待だ」「かわいそうだ」等と言われたのでは、犬からすれば「何を今更」という感じでしょう。

 犬の扱いは、今日でも国や地域によって多様です。それこそ食用、韓国のように頭だけを並べてデモの道具にするなど「動物虐待」を日常茶飯事に繰り返す文化がある一方、日本のようにペットとして飼育したり盲導犬としてみたりする文化があるのも事実です。

 今回の事件で「盲導犬は虐待だ!」憤っていらっしゃる皆さん。皆さんの心意気はわからなくもないですが、こうした歴史的今日的事実を差し置いて、本件だけ見てお話しされているのでしたら、自らの世間知らずを暴露しているようなものなので勇気をもって止めましょう。
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