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社会の視点 特定秘密保護法批判の不思議③

不思議⑤ 政治権力の相対的弱体化が、秘密保護法指向につながったと、何故言ってはいけないのか。

2003年に成立し、05年に全面施行された個人情報保護法。インターネットや各種高度通信技術の普及に伴い、個人情報の利用が各方面で拡大していることから、個人情報利用の有用性に配慮しつつ、個人の権利を保護する為に制定されたものです。(「個人情報保護法制の整備について」首相官邸 http://www.kantei.go.jp/jp/it/privacy/houseika/hourituan/)
個人情報保護法が個人の権利保護の為であるのに対し、それとは別に、時の行政改革と公正で民主的な行政の実現の為の基礎的な制度として登場したのが、情報公開法です。(「情報公開法制の確率に関する意見」行政改革委員会 http://www.soumu.go.jp/main_content/000121081.pdf)
同制度は、国民一人一人が政府の諸活動の状況を知ることで、責任ある意思決定を行い、望ましい政府と国民のあり方を希求することを理念目的としています。
こうした流れによって、国民が「守ってもらう・能動的に行政に請求する」という権利が具体的に確立され、その後も非嫡出子の相続差別の違憲判決、障害者雇用の促進等、国民の権利が順調に拡大されてきました。

個人の権利が拡大し「自己コントロール」が容易になるにつれて、我々は自身に対する主権者としての振る舞いが、自由にできるようになりました。
こうした流れは、国家が国民を公共物の一つとして扱う保守的な考え(つまりは安倍自民)とは違い、より革新的な流れのなかにあるといえます。

国家と国民という関係性で見れば革新的な流れといえる今日の状況ですが、個々人の諸権利の強化・拡大、地域主権への希求という流れに注目すれば、保守の主役が国家から地域や民族性というものに移ってきたと考えることもできます。
政治哲学で有名なハーバード大学教授マイケル・サンデルは、「現代において、自己統治への希望は主権の移転ではなく分散にある。主権国家に代わりうる最も有望な選択肢は、人類の連帯にもとづく世界主義的コミュニティではなく、主権を分かち合う多様なコミュニティや政治団体である」(マイケル・サンデル 『公共哲学』ちくま学芸文庫、54頁、2012年第五刷)と述べていますが、このように「主権」というものは、昨今では国家に対してのみ言われるのではない、多様性に富んだものになってきているのです。

こうした諸権利の拡大によって、国民の主体性は強化されてきましたが、一方で強力な力を持つ国家主権は相対的に弱まってきました。下からは国民の諸権利の拡大、上からはグローバル化する資本や政治力学・テロといったものが、ハード・ソフト両面から国家に対して強力な挑戦状を叩きつけ続けてきたのです。
強力だったはずの政治権力が相対的に弱体化されたことによって、政治は危機感を持つようになります。結果として、国民の諸権利を守り、損なわないように注意を払いつつ、政治・国家的統一性を維持する為、情報のコントロールを指向するようになります。その情報の中で最も重要な外交や防衛、テロ対策といった分野に対しては、特に厳しいコントロールを及ぼそうと試みますが、それが今日の「特定秘密保護法」だと言っても良いでしょう。
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歴史の視点 歴史認識の方法~未来から現在を規定する④

【矛盾する社会化された私 幸徳秋水や堺利彦も結局は日本人】
「私は、私」しかし「相手から見た私は、私自身が認識する私とはまた異なる」。単純で当たり前のことなのだが、この単純すぎる事実が、私的空間・公的空間の各所で見受けられる様々な論争や紛争の火種となっている。今回も、歴史認識問題と絡めてみていく。

 ここで再び、何度か紹介した「認識の歴史」について取り上げたい。また、対概念として「伝統としての歴史」を紹介しつつ取り上げ、「社会化された私」の葛藤を考察していきたい。 
 山崎正和氏は『歴史の真実と政治の正義』(中央公論社)の中で、「認識の歴史」とあわせて「伝統としての歴史」を歴史認識として挙げている。
 「伝統としての歴史」とは、山崎氏の説明によれば「地域性にねざし、主体は共同体であるとともに、その対象も共同体の同一性である。目的は共同体の情緒的な結束である。」とし、「(認識の歴史との間で)問題が起るのはここに一つの歴史外の力が働いたときであり、それが両者を強引に統一しようとしたとき」であるとしている。

 私の考え方として、この「伝統としての歴史」とは「社会化された私」と同じ次元のものである。
 なぜなら、「伝統としての歴史」は共同体の同一性を生むものとして、その土地と空間・環境・人間の情報緊密化によって育まれた、所作の癖・言語の深化・行儀作法から宗教的作法にいたるまでの全てを包摂した、全てに先立って存在しているものであり、「社会化された私」は自分自身に対する評価ではなく、他人が自分に与えた像を指すものであるからだ。
 簡単にするために極端に言うと、過去の時代、日本人の中に幸徳秋水(1871―1911)や堺利彦(1871―1933)のように反戦を訴えた者がいたとしても、日本という国が戦争をしたのは事実であり、それは誰の手にもかえる事ができない「伝統としての歴史」である。それは当然に「伝統としての歴史」がカバーしている共同体に生まれながらにして属している「日本人」をも含んでいる。この「日本人」の考え方は「社会化された私」そのものである。幸徳秋水や堺利彦がいくら反戦論者(非戦論者といった方が正しいが)だったと主張しても、「でもあなたは日本人だった。主観で反戦論を展開したって、客観的には日本人なのだ」といわれてしまえば終わりである。
 幸徳秋水と堺利彦は、社会主義論者だった。幸徳秋水は1910年の大逆事件で翌年処刑されてしまうが、彼らは主観的には無政府主義・社会主義の推進を掲げて活動していた(国内的には客観的にも社会主義者だったろう)が、「日本人」という名で海外から「2人の社会化された私像」を見てみると、「戦争国の一因だ」とされてしまうのである。

 「認識の歴史」は、「何が歴史か」が個人の主観によってことなるということであった。
 そして「伝統としての歴史」は「社会化された私」に対し自動的に一定の評価を与える。例えば、「あいつは日本人だ」だとか「あいつは戦犯国の子孫だ」といった具合である。
 この二つの間には、深刻な矛盾がある。
 自身を社会主義・無政府主義者と自任する者が、一方では生まれからして自動的に戦争国の一員になってしまうという幸徳・境の矛盾。平和的発展を目指していながら、他国から軍事的警戒感を向けられる中国の矛盾。従軍慰安婦はいなかったと信じていながら、国家レベルでは存在を認めているため主張するたびに内外で問題になる政治家の矛盾などなど。
 この矛盾を解消する方法があるとするならば、それは自分を他人の「私像」に合わせるか、中国の「小人革面」のように「私は私として自由にやる。歴史?政治家がもてあそぶものでしょ?」というように「自分からは判断をくださないから、何を思われても矛盾しないでしょ」という態度しかあり得ないことになる。

 我々は、如何なる立場をとるべきなのだろうか?私の4回にわたる詭弁は以上とし、そこからさきは、それこそ個人の主観と考察にお任せしたい。

社会の視点 特定秘密保護法批判の不思議 ②

 不思議④ どうして「戦前回帰」を持ち出さねばならないのか
 長くなりますが、共産党が最左翼だけに分かりさすいので引用します。
 「小池氏(共産党副委員長・参院議員)は、秘密保護法案について「何が秘密かも秘密にし、政府が勝手な口実で、何が秘密かも分からないうちに国民を逮捕、投獄するものだ」と指摘。「外交・防衛の専門分野の人だけでなく、多くの国民がこの法律で弾圧される危険性がある。国民みなさん自身の問題だ」と強調しました。」(「しんぶん赤旗」2013年11月3日)
 共産党副委員長で国会議員の発言ということで、同党の政治的イデオロギーが改めてわかる発言です。
 同法は「特定秘密を扱う公務員や警察官、民間業者などがこれを漏らせば、最長懲役10年の罰則が科せられる。」また「漏洩をそそのかした場合は最長懲役5年となるが、知る権利を保障する観点から、出版、報道の取材行為については、法令違反や著しく不当な方法でない限りは正当とする。」(http://www.asahi.com/topics/word/特定秘密保護法案.html)と規定し、問題となる事案が発生すれば、裁判所で決するというのが正当な考え方になるはずですが、共産党はそうしたことも全て無視してしまい、裁判所さえもが機能しなくなる戦前への回帰を前提として議論をしています。
 しかし、そもそもなぜ特定秘密保護法一つできたくらいで弾圧が起るのか、「弾圧」とはどのような事態をいうのか、それを彼らは説明していません。そういえば、「国政に審判を下す国民が情報不足で判断できなくなり、民主主義が危機に陥る」と批判している人もいます。
 
 インターネットやその他ツールで情報が国境を簡単に超える時代にあって、国民の人権を侵害するようなことを国が行えば、国際的な非難が起ることは必至です。確かに、北朝鮮やシリアのような国もありますが、日本のような先進国で、しかも国連迎合的国家がそうなるとは考えにくい。にもかかわらず、何故、そうした事態が起るといえるのか?

 「たかがたった一つの法律」といってはいけないのでしょうが、それにしても「弾圧が起る」「民主主義の危機」といえるほどの状態なのかといわれればやはり疑問がある、というのが正直なところなのではないでしょうか。

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