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社会の視点 「秘密保護法」批判の不思議

 衆議院で審議入りした「秘密保護法」案。この法案の概要は、外相や防衛相らによって指定された特定秘密(防衛・外交・スパイ活動防止・テロ防止)の利用者を制限し、また情報漏洩を行った公務員への罰則を強化することを目的としたものです。
 情報漏洩を行ったものへの処罰規定は今でも別の法律に記載されていますが、今回は秘密の対象を防衛や外交に限らず「国の安全保障に著しい支障を与える恐れがある情報」に広げ、一律に最高十年の懲役を科している点が異なります。(東京新聞10月4日)

 毎日のように「知る権利の侵害だ」「秘密の範囲が際限なく拡大されてしまう」などと批判的報道がなされていますが、私はこうした批判が不思議でなりません。それは、以下のようなことが言えるのではないかと思うからです(ただし、私は法律の専門家ではないので、内容の正確さは保証できませんが)。

不思議その1 憲法裁判所の設立を求めてみては?
 通常、裁判所の役割は具体的な係争に対して法的決着をつけることです。しかし、憲法裁判所は具体的係争とは関係なく、法律やその解釈そのものが合憲か違憲かを判断することができます。
 日本には憲法裁判所はなく、何らかの係争(例えば、嫡出子と非嫡出子との間で、相続差別があることを争った例)があったときに、付随的に違憲か否かを判断することしかできません。
 国家機密というものが世の中に存在することは否定しようがありません。日本はもともと、他の先進国と比べて秘密の保全に対して法律も罰則も弱かったわけですから、秘密保護法の制定は寧ろ「おそ過ぎる」ことになります。
 その為、法制定の動きは当然であるにしても、同時に国民の権利をより強化することを考えなければ、健全な法治国家とは言えないのではないでしょうか。その際の必要な作用として、憲法裁判所を設立し、特定秘密指定解除(延長)のタイミングにでも、其の当否を決してみてはどうでしょうか。

不思議その2 「スパイ天国日本」の嘆きはどこへ言った?
 以前から、日本にはスパイ防止のための法律がなく、スパイ天国状態であるということは度々指摘されてきました。その結果として、北朝鮮による拉致事件の発生を抑止できなかっただけではなく、日本人に成り済ました工作員への対処が困難であったという状況がありました。そういえば、電気製品が集中する秋葉原では、かつて朝鮮系の人々が暗躍していたらしいですが、今はどうなのでしょうか。
 北朝鮮による拉致が連日テレビを賑わせていた頃、同時に工作員が日本でどれだけ活動をしていたかという報道も連日のようにされていました。
 これらの報道を一言で言うと、「やられたい放題」。どれだけ日本は諸外国から馬鹿にされていたのか、この時初めて世論がそうした事実を目の当たりにしたのです。
 そうであれば、この「やられたい放題」から抜け出す為には、何らかの手だてを考えなければならないはずなのですが、今回の「秘密保護法」とスパイ活動の結びつきの議論を取り上げるマスコミは全くありません。もしかしたら、どこかにこうしたことを議論している識者や議員がいるかもしれません。是非、そうした人を探り出してほしいものです。
 とはいえ、スパイ防止法が制定できないならば、少なくとも「秘密保護法」のようなもので代用するしかないでしょう。

不思議その3 「知る権利」の侵害か?追求者の力量不足か?
 「知る権利」と皆口々に言いますが、そもそもこの権利が完璧に行使されたことはあるのでしょうか?
 夕方の報道番組を見てみると、どこかの行政から得た文章は必ず重要なところが黒塗りにされており、「これで情報公開といえるのか?」状態。また、国会の質疑応答を見てみれば「記憶にございません」「見解の相違」「秘書がしたこと」などのマジックワードのオンパレードで、「秘密保護法なんて、なくてもいけるじゃないか!!」と私は思うのですが。
 また、行政を追求する方にも問題があります。民主党政権の時代、鳩山元首相が「沖縄米軍基地問題の解決」と言った際、小泉進次郎議員が「解決とは、どのような状態のときか」と正したシーンがありました。テレビのコメンテーターは、「ディベート力がある」と持ち上げていましたが、そもそもこうした「曖昧さを許さない」姿勢が問題点を暴くのであって、それが追求者の側には足りないのではないでしょうか。
 マスコミや野党には、そうしたものの総括も是非行ってほしいものです。「知る権利」を「なまくら刀」にしているのは、彼らなのですから。

 以上、ざっと3つ挙げましたが、考えれば考える程まだまだ出てきそうなので、今日はこのへんで。
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歴史の視点 歴史認識の方法~未来から現在を規定する②

【未来から現在を規定する】
 「未来を語る」をより深く見てみれば、「未来から現在を規定する」という思考に行き着く。改憲派にせよ、反対派にせよ、歴史的未来の規定によって、現在を規定しているのだ。改憲派は「改憲しないと、日本は駄目になる」と未来を規定するし、反対派は「改憲すると、日本は暴走し駄目になる」と未来を規定する。
 言うまでもなく、この現在の規定方法の中には科学的考察もなければ、第三の道を模索する能動的姿も見当たらない。常に「ああなれば、こうなる」式で話しは進んで行き、「駄目になる」「最悪な結果になる」という結論だけが一人歩きしている。
 少し話しはそれるが、大学の世界でも時折同種の「ああなれば、こうなる式」思考は姿を現している。面白いので、少し長くなるが元ネタから引用しよう。
 大学紛争の時代の話しだ。「紛争の時、消防士を校内に入れてよいのかが問題になった…。「紛争が起っても機動隊を入れてはいけない」「では、火事になっても消防士を入れてはいけないのか」「いけない」といった種類の議論…。」が起った。「論理というよりも、…思考の過程を結論の方から逆にたどっていくと、次のようになるに相違ない。「火事のときに消防士を入れてもよいとなると、結経、紛争のときには機動隊を入れてもよいということになる。そうなると小さい紛争のうちに警察官を入れた方がよいということになり、次にさらにそれが…(ママ)となって、最終的には学問の自由が侵される」。これを「学問の自由」の方からたどれば、「火事になっても消防士を入れてはならない」という結論になる…」。(『山本七平ライブラリー❹「常識」の研究』94頁、文藝春秋)
 私も、学生時代はこの手のやり方を教授陣が多用しているのに驚いた記憶がある。偶然なのかもしれないが、憲法学者がよりこの論法を好んでいるように見えた。

 「歴史的過去→現在→未来」から現在を規定する方法は、合理的なやり方に見えるが、その一方通行的思考法にとらわれすぎると「自分はどうすべきか」という姿勢が薄れてしまう負の効果がある。
 理想とされるのは、この一方通行的思考を把握し、その上で自分がどのように行動を起こすのかを考えることである。

歴史に面従腹背する ~小人革面~】
 歴史認識の認識方法について「歴史的過去→現在→未来」と「認識の歴史」の相互作用を見てきた。しかし、種々の歴史認識問題に対し「認識の歴史」は他の選択肢を提供する。

 それは、「歴史を認識するという方法をとらない」という選択である。「認識の歴史」という概念の存在が明らかになったとき、「では、歴史について何も認識しないで生きて行くという考えもありなのでは?」という考え方も当然に生まれる。


 この手の認識方法は、中国人の政治哲学を見ているとわかるようになってくる。
 日華事変のときに中国に長く駐留した人々は、中国の庶民にはかなわないと思っていた人たちが多かったという。中国の各村の村長は、三本の旗を持っている。日本軍が来れば日章旗を、共産党軍が来れば五星紅旗を、国民党軍が来れば青天白日旗を掲げる。相手によって持つ旗は改めるが、本心から服従しているわけではないというしたたかさが、その理由だ。この「面だけを改める」ことを「小人革面」という。
 彼らは、歓迎もせず、否定もしない。やれと言われればやるだろうが、翌日には手のひらを変えてころっと変わってしまう。否、できてしまう。黄文雄氏は著書の中で、「彼らは勇ましく民族主義を掲げて他者に愛国心を強いるが、自分だけは全て例外である。」と指摘している。
 中国人は、国は国、自分は自分と明確にわけている。国がどうなろうと、私には内々何も関係ないと考えているというのだ。
 
 この、「国とは違う私」という姿勢が「歴史を認識しない」という行き方とつながっている。言ってしまえば、歴史とは権力者が紡ぐ物語であって、その前に私は関係なく、従えと言われれば従うが、それは本心からではない。というのである。
 
【憲法改正 私の意見】
 歴史を認識する、或は認識しないという二つの行き方を示した。
 私は改憲に賛成している。しかし、反対派の主張ももっともだと思っている。憲法は政府の権力行使を制御する役目を負っている。行き過ぎた権力行使が起きないよう、憲法の改正をいたずらに認めるべきではないだろう。
 しかし、改憲へのハードルが高すぎる現行憲法は、言い換えれば反対派が主張する各種の問題が起るまでの条件が厳しすぎるということと同じである。私に言わせれば、「「ああなれば、こうなる論」に支配されすぎ、心配のし過ぎ」なのである。
 「改憲は、安倍政権の暴走だ」という議論そのものが暴走していると思うのは、私だけだろうか。

歴史の視点 歴史認識の方法~未来から現在を規定する①

【歴史認識の方法を議論する】 
 歴史認識が結果物たる憲法に影響を及ぼすというのならば、認識の内容如何含め、認識の方法も議論されなければなるまい。
 改憲派と反対派は、主張と結論こそ真逆になっているが、「歴史的過去→歴史的現在→歴史的未来」という図式は共通して持っている。現在を歴史と歴史との間の接点・一段階として見ているという点では、何ら違いはないのである。
 違いが生じるのは、「認識の歴史」(※1)においてである。
 「認識の歴史」とは、「個々人の視点から見て、歴史の対象となるものが歴史になる」という意味である。両者の違いは、自分自身というものを「日本史の中の自分」においているのか「世界史の中の自分」においているのかという視点を通して、初めて見えてくるのである。
 
 この点を念頭に改めて改正問題を見てみると、反対派の考えにあるのは「世界史の中に自分がいる。それは国家権力が抑制され、初めて実現される人間の解放の歴史である。歴史の流れは、巨大な力を持った国家を否定し、それを制限・抑制させる方向へと向かっている。ところが、憲法の改正は国家権力の発動を容易にさせる作用を持っている。それは解放史としての歴史の流れに反している。よって、改憲は反対である。」という論理だ。
 改憲派は「私(例:安倍首相)は日本史の中に自分をおいている。戦後日本は経済復興を成し遂げたものの、政治的に真に独立しているとは言い難い。今の状況を作り上げた原因の一つに現行の憲法がある。現状の唾棄すべき状況を改めるためには改憲が必要であり、それなくして国家と将来を担う子供達に未来はない。」という論理だ。

 「歴史的過去→現在→未来」という共通の見方はしているものの、「認識の歴史」によって、主張と結論が大きく変わってしまうというのがよく理解できたと思う。(注1)
 「認識の歴史」は個人の主観であるから、当人にとって強固な「思想の源泉」である。「歴史的過去~現在~未来」のそれぞれに、何を当てはめ、「歴史」の期間はどの程度か、何が善悪か、将来はどうなるのかという多様な価値観の素なのだ。
 つまるところ、この流れの中で「憲法改正を語る」ということは、「未来を語る」ということと同義語なのだ。



注1 例えば、「認識の歴史」において自分を日本史の中の自分としているにも関わらず、憲法改正反対を訴える者もいる。また、世界史の中の自分としているにも関わらず、改憲に賛成する者もいる。他にも、様々な立場がある。
 これら行き方も当然あるという事は忘れてはならない。しかし、今回は議論を単純化する為にあえて改憲派と反対派のみに限定して話しを進めている。私の能力的にも、これ以上話しを広げることは難しいので悪しからず。

※1 山崎正和『歴史の真実と政治の正義』中央公論新社、2009

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