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社会の視点 民主党の細野さんは党を立て直せるのか?

民主党の細野豪志前幹事長は30日、岐阜市内で講演し、日本維新の会の松野頼久幹事長代行やみんなの党の江田憲司前幹事長らとともに来月設立する超党派の勉強会について、「新党じゃないかという記事が出ていてご心配の向きがあるが、ご安心ください。私は民主党を立て直します」と述べ、新党結成に向けた動きとの見方を否定した」(11月30日 読売新聞 http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20131130-OYT1T00575.htm?from=ylist)

 安倍政権を誕生させた衆議院選挙から、およそ1年。「アベノミクス」の3本の矢が効いてきたのか、日経平均株価は1万5千円台と年初の1万3百円台から5千円も上昇している。消費者物価指数も上昇しており、一見すると経済が好転してきているように感じられるが、そもそもの賃金は未だ上昇の兆しが見えず、物価指数上昇も円安による輸入価格上昇によるところが大きい。その為、今日の経済状況は、本格的な景気回復とまでは言えないだろう。

 とはいえ、そうした勢いに押され、(見かけさえも)経済回復を実現させられなかった民主党にとって厳しい状況であることに変わりない。
 09年の選挙では、マニュフェストに聞こえの良い政策を羅列し、「消費税は増税しません」と断言したまではよかったのだが、その後一転して「増税します」と宣言。加えて東日本大震災という未曾有の大災害に適切な対処ができず、「日本で一番復興の足を引っ張っているのは民主党政権」という情けない姿を内外にさらしてしまった。外交面もガタガタで、尖閣諸島沖で中国漁船衝突事件に弱腰で対応し、沖縄米軍基地移設問題を迷走させ、韓国大統領の竹島上陸を阻止できなかった。当然の結果として支持率は低下の一途をたどり、野田政権時には20%を割り込んでしまったのだ。
 
 当時から言われていたが、民主党は「反自民」でまとまっている節があった。自民党が保守、つまりは右寄りな姿勢という確固たる思想的価値観があった一方で、党員の思想がバラバラな民主党は積極的な政策を打ち出すことができず、結果として、「国民の生活が第一」という意味不明なスローガンを掲げることしかできなかった。「生活が第二」なんて政党、そもそも存在するのか?
 敵がいる間はよかったが、敵がいなくなりいざ自らが「作る側」になると、自民を攻撃していた時よりも多大な労力と知識と知恵、そして権力を動かす思想が重要であったと気がついたときには時既に遅し、「ルーピー鳩山」の出現、「空き缶内閣」という最悪のタイミングでの大震災と続く。

 こうして見てみると、民主党の敗因は、やはり「国を動かす思想」面で自民に負けていたという点につきるだろう
 自民は、天皇制保守を掲げ、経済政策も諸外国のお手本に乗っかり、思想全般的に「日本の価値観を守る」というわかりやすいスタンスがある。我々は、日本的なるものが如何なるものか、又自民党時代の生活がどのようなものだったのかが分かっているため、自然に自民の政策を受け入れることができた(自民側の巧みな宣伝もあったろうが)。
 対する民主党には、そうしたものがない。あくまでも「反自民」ありきの結束しかないのだ

 自民党の最大の弱点は、保守政策そのものにある
 個人の権利が拡大し、世界的にも人権意識の高まり、主権意識の高まりが起こり、上からはボーダレス化、下からは民主化の流れが激しくなってきている。保守政策は、国民に「公共秩序・財産の一部であることを強いる」という点で、今日的な流れと矛盾しており、民主党はそこを突き国民にPRすることができれば、支持を得られる可能性がある。
 とはいえ、今の日本人は東アジアにおいて根本的な危機に直面している。
 中韓の「我々は被害者だ」という叫びは、「我々は謝罪した!!被害者面して日本を陥れたいんだろ!!」という感情に結びつきつつあり、また彼らの過剰な自信による高慢な態度がそうした事情に拍車をかけている。
 民主党は、そうした国際的な潮流と東アジアの事態の中で調整をかけつつ、保守政策の根本矛盾をついていかなければならない。
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仕事の視点  転職のタイミング

で、転職はいつ行うのが良いのか?

 本屋へ行けば転職の方法について書かれた本が山のようにあり、WEBや会社の人との個別な飲み会であれば必ずその話題が出てくる。
 私が勤める会社は、離職率が高いのが悩みの種らしく、ことあるごとに定着率を高めるにはどうしたら良いのかという話し合いがもたれている。聞くところによると、「上層部や上司を見て、不安にかられるから」というのが理由の圧倒的多数であるという。会社を辞め、新天地を求めた彼らに明日はあるのだろうか。

 逆に、転職して来たという人もいる。その人に駄目な転職・良い転職を聞くと、転職のポイントは次の点にあるようだ。
 
【駄目な転職】
 1つ目、自分を過信してしまう。前職の経験が邪魔になり、自分の適正や能力を客観視せず、「どこに行っても、自分はやれる」と勘違いしてしまうパターン。2つ目、嫌なことから逃げる。勿論、程度はそれぞれなので見極めは必要だが、人と合わない、やりたいことができないといった、若い人にありがちな理由は、一度やりはじめるとクセになりやすいので危険だ。

【良い転職】
 1つ目、やりたいことをやる。「さっきと矛盾していないか?」と言われるかもしれないが、ここで言うのは、入社した会社そのものが自分の目ざしていたものと違っていたというパターンだ。2つ目、縁を大切にする。つかみようのないものだが、自分の予想を遥かに外れて「選択肢にさえなかったけれど、これでもいける!?」ということは、誰にでもある。とにかく一つ一つの出会いを大切にしていくことが重要であるという。

 人生とは、常に塞翁が馬状態である。私もこの話を心にとどめておき、参考にしていきたい。

仕事の視点  需要はつくるもの。嗚呼、押しつけがましい世界かな

需要と供給の理論は、経済学部の学生でなくても一度は耳にしたことがあると思う。Aという商品を買いたいと思う人の数、いくらまでなら支出してもいいという需要者の利害と、その商品をいくらで売ればどのくらい儲かるのか、どの程度生産すればいいのか、損益分岐点はどこかを見極めながら営業活動を行う供給者の利害が一致した時、市場で売買が発生するという理論だ。

 ただ、この理論は消費者、供給者、商品が既に存在していることを前提としているため、新商品を開発すればどの程度の需要が開発できるのかという経営社が常に直面している課題に解を与える程のものではない。
 商品開発が新しい儲けを生む保証は、どこにもない。しかし、新しい商品を開発しなければ、この激しい市場争いの中で簡単に敗れてしまう。とにかく前へ進むしか道はない。資本主義のルールは厳しい。


 こうしたジレンマの下、企業は新しい商品を開発しては売り込み、需要をつくろうとしていく。畑を耕す為の道具、山道でも難なく歩ける靴、遠くを見渡せる眼鏡、釘を打つ金槌等、あれば仕事の質を向上させ、生活を豊かにする道具は、あれば誰もが欲しがる。需要があるのだ。日本のような先進国では、「かっこいい」「かわいい」という理由だけで、需要を生み出すこともできる。必需品と嗜好品とで需要の量や性質は異なるが、「どちらを対象に生産しているから経営が安泰」というわけでもない。
 
 一方で、こうした企業の努力は人の生活や価値観、社会の伝統を破壊するとの批判もある。
 例えば、原始的な衣料で生活している民族。女性は布一枚をまとい、男性は上半身裸が基本だ。その格好は、民族なりの価値観や伝統の表れである。名称は忘れたが、そんな民族のビデオを高校の授業で見た記憶がある。しかし、資本主義・市場経済の波がここにも押し寄せ、ここ10年ちょっとでTシャツ・Gパンをはく人が大半になってしまったという。伝統的な生活スタイルをまもっているのは、やはり長老達だ。
 確かに、Tシャツ・Gパン(もとは作業着なのだから)は機能的で、動きやすい。しかし、その機能性を追求したあまり、民族性を薄れさせてしまうのはいかがなものか。企業側からすれば、需要の開発に成功したといえるのかもしれないが、人類の視点で見れば、大きな損失になる可能性もある。

 私は、彼らの豊かになりたいという欲求を押さえつけたいのではない。ただ、企業の論理で市場を広げていった結果、それを受ける側が反動で「外国人排斥」「金銭至上主義」「環境破壊」の負の連鎖に陥る可能性があるということを指摘したいのだ。無理矢理働かせ、金銭を稼がせ、買わせ、その果てに溢れる物と空虚な精神、破壊された環境しか残されなかったとすれば、企業の論理は「ありがた迷惑」でしかなかったということになる。
 一部では、需要は自分たちで作るものと言われている。要するに買わせるというわけだが、何とも押し付けがましい生き方ではないか。

仕事の視点 相手の前提を把握する

キリスト教発展の基礎を作ったパウロは、ヘレニズムの世界で初めてキリスト教の伝道に成功する。アテネの演説が有名だが、これはこのように始まる。

「あなた方はギリシャの最もすぐれた知者であり、哲学者である。これはたいへんにりっぱなことだ。私がここへ来るときに、たくさんの神殿があるのを見かけた。あなた方は、おそらく神々に対しても、大変に敬虔な心をお持ちなのであろう。
と同時に、私は知られざる神への碑を見つけた。あなた方は知られざる神の存在をご存知だから、こういう碑をつくられたのであろう。あなた方は賢いから、こういう神の存在を信じて、これをつくったのであろう。きょうはこれについて話しをしたい」 

これは、相手を持ち上げる→相手はキリストを認めていないが、「知られざる神」は認めているという相手の前提立つ→そこからキリスト教の話しが始まる、という論理になっている。そして次に、「しかし、その前提は正しいのか」という疑問を提出して論理を展開していく。
相手と話すときは、まず相手の論理的前提がどこにあるのかをよく見極めなければならない。その為には、まず相手に話させるところから始めなければならない。相手は、自分の論理に従って話者の話しを聞いているからだ。これは人として自然なことだ。

私の例を挙げる。私は、営業部門の人に「それとじて」という指示を受けた。私は、その人の「パソコンの画面」のことと認識した。ところが、「それじゃなくてその資料だよ」と怒られてしまった。私は資料を持ってきていた。これをファイルに「綴じて」ということだったのだ。
しかし、私がいる部所は、資料をファイルにまとめるときは一般的に「綴る(つづる)」という言葉をつかう。そして「とじる」は、「パソコンの画面」を目的語にしていることが多い。私は自分の部所で知らないうちに身につけた論理的前提で相手の言葉を聞き、無自覚のうちにそれが影響したというわけなのである。

相手は相手の論理で話しを聞いているという認識を失うと、「いったじゃないか」「いや、そんなこと聞いてない」「そういうことだとは思ってなかった」というすれ違いを生み、ひどくなると喧嘩、退職という事態に発展する。

この手の問題は、今に始まった新しいものではないが、今後も注意が必要な部分であることは間違いない。

歴史の視点  新しさは錯覚である

 新しいと思われていたものが、調べてみれば新しいものでもなんでもなく、寧ろ常に人類史の中に出てきていたという話しは、特段珍しいものでもない。

 例えば、婚姻制度はどうだろう。

 非婚化晩婚化と言われて久しいが、せっかく結婚しても、生活の場が離れていたり、婚姻届をだしたわけではないが、結婚したのと同じ状態にあるものと自他共に認める事実婚であったりと、婚姻(広く夫婦関係)の形はかなり多様だ。
 一昔前までは、婚姻といえば新郎新婦の両親の関係や生まれ順(例えば長男か次男か、といったこと)が大きく作用したし、新郎新婦の親族や友人、会社の関係人を集めて披露宴を行うというイメージも強かった。女性について言えば、結婚は自身の名字を変え、殆ど見ず知らずの新郎の家の一員になるということでもある。女性と姓の関係は、特に特殊で古い問題ではない。学問の世界からワイドショーの世界まで幅広い層が関心の対象としてきたものである。

 このような「古い」結婚観からの変化は、一部の層からはこれまでの封建的な価値観からの明確な脱却であるとされ、それは明らかな「進歩」であるとされた。この場合の進歩とは、しかしながら、「2000年前の骨董品」(注1)をはじめて見たときのような感覚でしかない。

 というのも、一定の契約書に従って仲立ち人なしで婚姻を行うという行為自体は、2000年以上前のエジプト下層民が頻繁に行っていたことだからだ。婚姻の解消(離婚)は、単に法律上の契約の解除程度のものでしかなく、今日の我々が結婚に抱く「家族ぐるみ、一生もの」と比べれば、かなり程度の軽いものでしかなかったのである。

 話しは変わって、病気の世界はどうだろうか。

 鳥インフルエンザ――というと、我々の記憶にあるのはここ数年で猛威をふるったウイルスで、養鶏農家に大打撃を与えた疾病であるということくらいだろう。農水省の公表によると、日本で最初に鳥インフルエンザが確認されたのは平成22年11月以降で、9件24農場で高病原性鳥インフルエンザが見つかった。平成23年3月24日には全ての防疫措置が完了し、同年6月にはOIEの基準に基づいて、鳥インフルエンザ清浄国に復帰したという。(注2)

 このように聞くと、鳥インフルエンザはつい最近の流行病のように感じられてしまうのだが、実際には19世紀の文献に既に登場している。ウイルスのタイプまで確認されているのは1959年スコットランドでの流行で、以降、数年に一度は鳥インフルエンザが流行している。(注3)

 婚姻制度にせよ、インフルエンザにせよ、我々が気をつけなければならないのは、新聞や教科書、テレビ、雑誌で与えられた「新規」と思われる情報が、その実新規でもなんでもない可能性である。最後に、更に身近な例を挙げよう。

 この間、私はたまたま見ていたテレビで、夜の街を巨大な白い物体がトラックで運ばれていくシーンを見た。モザイクがかかっており、出演者がそれは何かを答えるのだが、どう見ても「輸送される新幹線」なのである。私は、同じような映像を過去2度見ている。小さな子供であれば、新幹線がトラックで運ばれていく様子は新鮮そのものであるに違いない。それはその子にとって「新規」なものだ。しかし、中高大とすすむにつれ「毎回同じようなものをやっている」と思うようになる。そして、少し賢い人であれば「自分が小さいときにみた映像も、多分繰り返しのワンシーンだったのだろう」と理解するはずだ。

 新規かどうかは、歴史を学べば自ずと判断できるようになるだろう。私はそこまでするだけの体力も教養もないが、それらが備わっているひとはやってみてほしい。

注1 山本七平『存亡の条件』ダイヤモンド社、18頁
注2 農林水産省「鳥インフルエンザに関する情報」(http://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/tori/index.html)
注3 美馬達哉『リスク化される身体 現代医学と統治のテクノロジー』青土社、88頁

社会の視点  社会を変えるべきVS国を変えるべき

 自民党と民主党。この二つの政党を分つ最大のものは何なのだろうか。言い換えれば、思想の源泉は何なのだろうか。経済や税金、TPP等、各政策について様々な意見が聞こえてくる中、ふと職場での会話を思い出した。

 「誰が言っていたか失念したけれども、民主党は社会を変えることを、自民党は国を変えることを目ざしていた」と言っていたのは、会社役員であった。話半分に聞いていただけなのだが、彼の意見を聞いて、私は妙に納得させられた。
 話しの詳細は忘れてしまったが、要約すると彼の意見はこうなる。
 「社会を変えるということは、人の心を変えるということだ。人の心を変えるというのは大変恐ろしいことである。国ができるのは、変わっていく社会を受け入れられるだけの器を作ることだ。であれば、国を変えるという意見の方がいい。」
 
 どちらが良いのかは、それこそ時代が決めることだが、社会を変えようとした極端な例として社会主義が私にはイメージされる。これは国も変わってしまっているが、全員平等の格差否定の世の中を善とした結果、それを目ざす政権が強制的に社会を変えていった事例である。その結果、経済資本の効率性は下がり、経済的失敗がなければ成功もないので人々は仕事に身が入らず、自殺率は上がり、バラ色のはずだった社会主義は、寧ろ社会的停滞という灰色の現実を招く結果となってしまった。

 社会を変えるという取り組みは、器の中身を変えるということである。そのため、その変化についていけない人が出てきた場合、その人をどのように処遇するのかは重大な関心ごとになる。
 聞くところによると、中国では、北京オリンピック開催にあわせ、公共交通機関でのマナーを徹底するよう取り組んだ。しかし、その取り組みは、マナーを守らない人に対する徹底した制裁(暴行など)までも許容されるという解釈を生み、社会の新たなひずみを生んでしまったという。
 どうも、国主導で社会を変えるというのには無理があるようだ。

 そのように考えるならば、中身の変革は民間が担い、国はその変革を見極めつつ器を作るのに徹した方が良さそうである。
 何がいいのかはその時々で変わるのかもしれないが、それは時代が決めることなのであろう。

社会の視点 「ブッチホン」「アベノミクス」

 99年の流行語、「ブッチホン」を覚えている人はどれだけいるだろうか。時の内閣総理大臣、故小渕恵三の電話のかけ方を表した造語だ。プッシュホンと小渕の「ブチ」を掛け合わせたものだという。名付け親は小渕恵三自身だというから、面白い話しだ。
 このブッチホン、どういうものかというと言葉のイメージそのままで、突然相手に電話をかけることをいう。首相官邸から、突然「もしもし、小渕です」と電話が来ると、誰もがいたずら電話かと思うだろうし、事実そう思う人もいたという。相手はテレビや雑誌に限らず、一般人に電話をすることもあったというから驚きだ。私も、テレビでブッチホンの瞬間を見たことがある。朝の生放送中に、いきなり首相官邸から電話がかかってきて、アナウンサーが緊張した面持ちで応対していた。小学生だった私は、なんのことかさっぱりわからなかったが、今になってどういう事態が起こっていたのか理解する。確か『ズームイン!!』の放送中で、アナウンサーは福澤朗だったと思う。

 最近、面白い政治家を見ることが少なくなった。そう思ったのはごく最近で、その時ちょうど、ブッチホンを思い出した。
 その政治家を象徴する言葉は、一種のバロメーターのようなものだと思う。小渕恵三は、登場した当初「冷めたピザ」と馬鹿にされ、支持率もそれほど高くはなかった。しかし、沖縄サミット開催決断、国旗・国歌法成立、周辺事態法成立、日経平均株価回復と実績をあげ、「ブッチホン」で話題をさらった。「冷めたピザ」が、徐々に持ち味を発揮し始め、支持率も上げていったのは見事という他ない。
 私が感じる、「面白い政治家が少なくなった」というのは、「政治家を象徴する言葉が少なくなった」というのと(当たり前だが)密接な関係にある。面白い人であれば、それを表す言葉が必ず出てくるのだから、当然だろう。
 今の安倍首相はどうだろうか。
 「アベノミクス」は、彼を象徴する言葉になるだろう。しかし、まだこれだけでは足りない。第一期政権時代の「美しい国」「自由と繁栄の弧」も出してみよう(厳密には、「自由と繁栄の弧」は麻生元総理が初出)。「美しい国」と聞いても、正直何を意味しているのかはわからない。当時も浮ついた感があった言葉だが、今振り返ってみてもやはり浮ついている。「自由と繁栄の弧」も、考え方は素晴らしいがいまいち実感がわかない。どちらかというと、東アジアは「火薬庫」状態だから、夢物語にさえ感じられてしまう。それに比べると、「アベノミクス」は、単純明快かつ誰もが内容をいいやすい、素晴らしい言葉だ。政策が素晴らしいというのではない(そんなもん、私はわからない)、言葉の覚えやすさ、内容の明快さ、問題点の把握性、その全てを一度にイメージできるという点で素晴らしいといっているのみである。
 
 政治家を象徴する言葉は、政治家のバロメーターである。言葉という武器をもって戦うのが政治家という職業なのだ。貧相な言葉しか出てこない政治家は、所詮それまでだったということだ。自分のことを「愚かな総理」といった元首相がいたが、まさしくこんな愚かな人間が国会議員をやっていたのかと思うと、呆れてものもいえない。政治家には、それに気をつけてもらいたい。

仕事の視点 仕事会社が嫌になったら、台湾人に学べ!!

 台湾人と仕事会社のエピソード。
① 会社への帰属意識が低い:午前中に商談をした相手に、確認したい事があって午後に電話をすると「その人は辞めました」。
② 会社への帰属意識が低い2:故障のクレーム電話を入れると、「私がやったわけじゃない」。連帯責任という言葉を知らないのだろうと思われる。
③ 会社への忠誠心0:仕事に深入りして没頭すると、「何を偉そうに」と思われがちになる。かなりぶっ飛んだ思考回路だ。
④ 仕事はいい加減:乗客を乗せたままガソリンスタンドで突然給油。
⑤ 仕事はいい加減2:仕事は締め切り時間からはじめる。沖縄人の感覚そのもの。
 日本で働いていると、いつも肩に力が入り、我慢ばかりしている自分がいることに気がつく。それで気がおかしくなりそうになることもある。しかし、世界は広い。台湾人は、二重国籍が当たり前だし、転職も故郷を離れることにためらいがない。我々も、これを見習うべきだろう。
 

社会の視点 フィリピン被災地支援〜慰安婦が反感〜

中国人民日報が、11月22日付で「菲律宾组织:菲“慰安妇”反感日本自卫队救灾」というタイトルで記事を配信しました。

内容は、フィリピンの慰安婦団体が、日本の自衛隊が被災地支援に来るのに対して「反感」を持っているというもの。日本政府はフィリピン支援のために、自衛隊員を1000人規模で派遣することを決め、復興に全力を注ぐと表明しています。
しかし一方で、こうした動きに警戒と反感を持つ人が出て来ていることも事実です。

中国はここ数年の傾向として、歴史問題を巡って韓国と歩調を合わせ、同時に自衛隊の動きに神経を尖らせるようになってきています。
対するフィリピンは、領土であるミスチーフ礁(’95)を中国に奪われ、最近でも衝突が続くスプララトリー(南沙諸島)の防衛強化(11月21日、産經新聞「被災のフィリピン、南沙の備えは強化 中国に対抗、海軍基地機能増強へ」)に神経を研ぎすませる等、中国に対する警戒感が高まっています。また、フィリピン外相が「日本が軍をもつことを強く歓迎する」と述べ(2012年12月11日、朝日新聞デジタル、「日本の再軍備「強く歓迎」 フィリピン外相、中国を意識」)たことは、フィリピン側の日本への期待感の表れとみることができます。

その流れの中で、中国で「戦争被害者が反感」という記事を載せることは、フィリピンと日本の距離が縮まりつつあることへの牽制と見るべきでしょう。


人民日報(中国語)http://world.people.com.cn/n/2013/1122/c1002-23631508.html

社会の視点 移動需要市場の規模

買い物、通勤通学、習い事の送り迎え、抱き合わせ出荷等、様々な移動起点や移動ニーズをもとにした消費行動で創出される移動需要が存在する。都市部では自家用車保有のコスト高を敬遠して公共交通機関の利用が中心となり、地方では電車、バス、といったものが中心となる。いずれにせよ、「移動そのもの」に対する需要を冷静に捉えなければならないのは、いうまでもないだろう。

こうした移動需要の潜在的な市場は3兆円から4兆円前後存在する
こうした需要喚起には、移動目的そのものを喚起する仕組みの構築と、信頼性のある交通体系の構築、利用の自由度を高める工夫が必要となる。

オススメ!!世界をおっきく小さくする読書

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また、英語での日本情報発信(主に私の英語の練習のためですけど)も行っていますので、「この英語、変じゃない?」という指摘も送って下さると助かります。

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