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歴史の視点 歴史認識の方法~未来から現在を規定する②

【未来から現在を規定する】
 「未来を語る」をより深く見てみれば、「未来から現在を規定する」という思考に行き着く。改憲派にせよ、反対派にせよ、歴史的未来の規定によって、現在を規定しているのだ。改憲派は「改憲しないと、日本は駄目になる」と未来を規定するし、反対派は「改憲すると、日本は暴走し駄目になる」と未来を規定する。
 言うまでもなく、この現在の規定方法の中には科学的考察もなければ、第三の道を模索する能動的姿も見当たらない。常に「ああなれば、こうなる」式で話しは進んで行き、「駄目になる」「最悪な結果になる」という結論だけが一人歩きしている。
 少し話しはそれるが、大学の世界でも時折同種の「ああなれば、こうなる式」思考は姿を現している。面白いので、少し長くなるが元ネタから引用しよう。
 大学紛争の時代の話しだ。「紛争の時、消防士を校内に入れてよいのかが問題になった…。「紛争が起っても機動隊を入れてはいけない」「では、火事になっても消防士を入れてはいけないのか」「いけない」といった種類の議論…。」が起った。「論理というよりも、…思考の過程を結論の方から逆にたどっていくと、次のようになるに相違ない。「火事のときに消防士を入れてもよいとなると、結経、紛争のときには機動隊を入れてもよいということになる。そうなると小さい紛争のうちに警察官を入れた方がよいということになり、次にさらにそれが…(ママ)となって、最終的には学問の自由が侵される」。これを「学問の自由」の方からたどれば、「火事になっても消防士を入れてはならない」という結論になる…」。(『山本七平ライブラリー❹「常識」の研究』94頁、文藝春秋)
 私も、学生時代はこの手のやり方を教授陣が多用しているのに驚いた記憶がある。偶然なのかもしれないが、憲法学者がよりこの論法を好んでいるように見えた。

 「歴史的過去→現在→未来」から現在を規定する方法は、合理的なやり方に見えるが、その一方通行的思考法にとらわれすぎると「自分はどうすべきか」という姿勢が薄れてしまう負の効果がある。
 理想とされるのは、この一方通行的思考を把握し、その上で自分がどのように行動を起こすのかを考えることである。

歴史に面従腹背する ~小人革面~】
 歴史認識の認識方法について「歴史的過去→現在→未来」と「認識の歴史」の相互作用を見てきた。しかし、種々の歴史認識問題に対し「認識の歴史」は他の選択肢を提供する。

 それは、「歴史を認識するという方法をとらない」という選択である。「認識の歴史」という概念の存在が明らかになったとき、「では、歴史について何も認識しないで生きて行くという考えもありなのでは?」という考え方も当然に生まれる。


 この手の認識方法は、中国人の政治哲学を見ているとわかるようになってくる。
 日華事変のときに中国に長く駐留した人々は、中国の庶民にはかなわないと思っていた人たちが多かったという。中国の各村の村長は、三本の旗を持っている。日本軍が来れば日章旗を、共産党軍が来れば五星紅旗を、国民党軍が来れば青天白日旗を掲げる。相手によって持つ旗は改めるが、本心から服従しているわけではないというしたたかさが、その理由だ。この「面だけを改める」ことを「小人革面」という。
 彼らは、歓迎もせず、否定もしない。やれと言われればやるだろうが、翌日には手のひらを変えてころっと変わってしまう。否、できてしまう。黄文雄氏は著書の中で、「彼らは勇ましく民族主義を掲げて他者に愛国心を強いるが、自分だけは全て例外である。」と指摘している。
 中国人は、国は国、自分は自分と明確にわけている。国がどうなろうと、私には内々何も関係ないと考えているというのだ。
 
 この、「国とは違う私」という姿勢が「歴史を認識しない」という行き方とつながっている。言ってしまえば、歴史とは権力者が紡ぐ物語であって、その前に私は関係なく、従えと言われれば従うが、それは本心からではない。というのである。
 
【憲法改正 私の意見】
 歴史を認識する、或は認識しないという二つの行き方を示した。
 私は改憲に賛成している。しかし、反対派の主張ももっともだと思っている。憲法は政府の権力行使を制御する役目を負っている。行き過ぎた権力行使が起きないよう、憲法の改正をいたずらに認めるべきではないだろう。
 しかし、改憲へのハードルが高すぎる現行憲法は、言い換えれば反対派が主張する各種の問題が起るまでの条件が厳しすぎるということと同じである。私に言わせれば、「「ああなれば、こうなる論」に支配されすぎ、心配のし過ぎ」なのである。
 「改憲は、安倍政権の暴走だ」という議論そのものが暴走していると思うのは、私だけだろうか。

歴史の視点 歴史認識の方法~未来から現在を規定する①

【歴史認識の方法を議論する】 
 歴史認識が結果物たる憲法に影響を及ぼすというのならば、認識の内容如何含め、認識の方法も議論されなければなるまい。
 改憲派と反対派は、主張と結論こそ真逆になっているが、「歴史的過去→歴史的現在→歴史的未来」という図式は共通して持っている。現在を歴史と歴史との間の接点・一段階として見ているという点では、何ら違いはないのである。
 違いが生じるのは、「認識の歴史」(※1)においてである。
 「認識の歴史」とは、「個々人の視点から見て、歴史の対象となるものが歴史になる」という意味である。両者の違いは、自分自身というものを「日本史の中の自分」においているのか「世界史の中の自分」においているのかという視点を通して、初めて見えてくるのである。
 
 この点を念頭に改めて改正問題を見てみると、反対派の考えにあるのは「世界史の中に自分がいる。それは国家権力が抑制され、初めて実現される人間の解放の歴史である。歴史の流れは、巨大な力を持った国家を否定し、それを制限・抑制させる方向へと向かっている。ところが、憲法の改正は国家権力の発動を容易にさせる作用を持っている。それは解放史としての歴史の流れに反している。よって、改憲は反対である。」という論理だ。
 改憲派は「私(例:安倍首相)は日本史の中に自分をおいている。戦後日本は経済復興を成し遂げたものの、政治的に真に独立しているとは言い難い。今の状況を作り上げた原因の一つに現行の憲法がある。現状の唾棄すべき状況を改めるためには改憲が必要であり、それなくして国家と将来を担う子供達に未来はない。」という論理だ。

 「歴史的過去→現在→未来」という共通の見方はしているものの、「認識の歴史」によって、主張と結論が大きく変わってしまうというのがよく理解できたと思う。(注1)
 「認識の歴史」は個人の主観であるから、当人にとって強固な「思想の源泉」である。「歴史的過去~現在~未来」のそれぞれに、何を当てはめ、「歴史」の期間はどの程度か、何が善悪か、将来はどうなるのかという多様な価値観の素なのだ。
 つまるところ、この流れの中で「憲法改正を語る」ということは、「未来を語る」ということと同義語なのだ。



注1 例えば、「認識の歴史」において自分を日本史の中の自分としているにも関わらず、憲法改正反対を訴える者もいる。また、世界史の中の自分としているにも関わらず、改憲に賛成する者もいる。他にも、様々な立場がある。
 これら行き方も当然あるという事は忘れてはならない。しかし、今回は議論を単純化する為にあえて改憲派と反対派のみに限定して話しを進めている。私の能力的にも、これ以上話しを広げることは難しいので悪しからず。

※1 山崎正和『歴史の真実と政治の正義』中央公論新社、2009

社会の視点 郷土愛と生のせめぎ合いについて

10月。政府与党が検討を進めている福島復興加速化案が、放射能の影響で帰還が困難になった住人の移住を促進するための施策について触れたことが衝撃を呼びました。
故郷に戻りたいと願う人々に冷や水を浴びせる形になりましたが、放射能の恐怖という点を純粋に捉えれば、寧ろ「不可能なのは誰の目から見ても明らかだったはずだ」という結論にならざるを得ないのではないでしょうか。

私たちが故郷に思いを馳せるのはなぜでしょうか。
人は、何らかの外部情報によって記憶を呼び覚ますことができます。文字や絵、見慣れた景色、言葉、色、空気、におい、そうしたものが頭の中で記憶と結びつけられ、引き出されるのです。
故郷というものは、記憶を引き出すためのに最適な装置となっているのです。人は、話しや本で見聞きしただけの情報よりは、自らの体験や感情を伴って蓄積した情報の方が記憶しやすい生き物です。故郷は、出生から今日に至るまでの過程を過ごした場所ですから、街の至る所に「記憶を引き出す鍵」がちりばめられているといえるのです。
私たちが故郷を恋しく思うのは、そうした記憶や感情を身体に呼び覚まし、活きているということの実感をもたらしてくれるからです。

東日本大震災関連の報道が「故郷に帰れない被災者」を映し出すたびに、皆の胸が締め付けるのは、そうした記憶から強制的に隔離され、土地と結びついていた「生」が突如として記憶無き「裸の浪々人」となってしまったのを認識してしまうからです。

とはいえ、日本は不思議な国です。
この国には、企業、ひいては資本の論理で住む場所を転々としなければならない人生というものが存在するのです。それが「サラリーマン」というもの。「様々な地域で仕事をして経験を積む」「市場にあわせて人を配置するため」等の名目で、自らの意思とは無関係に住み慣れた土地を離れなければならない人々です。
増殖と流通こそが存在の証明そのものである資本の論理は、日本の「従業員」像と深く結びつき、「郷土愛」とは別に「会社への忠誠心」という概念を生み出します。年功序列・終身雇用をはじめとした制度と価値観の下、「生活していくため」には、「今の会社で頑張ること」が前提となってしまっている以上、郷土愛には一旦目をつぶらなければならないというのが現状なのです。
「忠誠心は一時的なものだから、郷土愛より軽いものだ。戻ろうと思えば、退職後や転職という形で戻れるし、何より最初から地元で働けばいいではないか」と言う方もいるかもしれませんが、地方の疲弊した経済、若い人材の流出、高齢化した人、財政難の行政等等、問題が山積みになっているなかで、果たして我々は、どこまでこの主張を貫けるのでしょうか。

故郷への愛は尊いものであることに間違いないのですが、「生きる為に何をすべきか」は、生まれてしまった我々が死ぬまで向き合っていかなければならない一生ものの課題です。
北海道に渡ってきた本州の開拓者は、経済的利益のために故郷を離れました。地方の若者は、寂れて行く地元では将来が見えないから故郷を離れてしまいます。サラリーマンは、生きる為に住む町を点々とします。開拓者も若者も、皆経済的利益(生)の為に故郷を離れてしまうのです。

福島の帰還困難者に限らず、我々は皆、郷土愛と生のせめぎ合いのなかで生きているという事実を忘れてはならないでしょう。

歴史の視点 認識の歴史と国家史

従軍慰安婦は、強制されたものだったのか。或は、単なる風俗嬢だったのか。アメリカの原爆投下は、本当に正義だったのか。或は、単に非人道的無差別大量虐殺だったのか。社会主義と資本主義の対決は、本当に資本主義の勝利で終わったと言えるのか。
 歴史の評価は、時代とともに見直されるのが常である。
 その見直しとは、その時代を生きる一人一人が、自分はどのような時間の流れの中に生きているのかという認識によって、おこなわれる
。例えば、日本の地に生まれ育ったものの、自分は日本人としてではなく、世界市民として生きてきたという人がいたとしよう。彼らは、歴史の流れである、近代国家の成立、世界大戦、冷戦体制の終焉、人権意識の高まりを、封建世界から人が開放され、国家さえも超越していく過程であると認識している。そのため、如何なる形であれ、従軍慰安婦を容認した発言や、過去の虐殺の否定につながるような発言を常に問題視する。
 これは、「認識の歴史」と呼ばれる(注1)。個々人の視点から見て、歴史の対象となるものが歴史になるという意味だ。一人一人の認識に委ねられるわけなので、人類解放の歴史も、逆に皇国史観に染まった歴史も、そのどちらも存在している事に矛盾はない。
 こうした歴史とは対照的に、個人が特定のコミュニティに所属しているが故に、強制的に束縛され、それを動かすことが国際的な争いになる歴史というものも、確かに存在する。それが「国家史」(注1)だ。
 例えば、日本が過去に侵略戦争を発動したという認識を否定した場合、戦後処理としてなされた、講和条約締結、各国との平和条約締結、戦後賠償と謝罪、その他国際体制の全てを、否定したことになってしまうという論理がそれだ。戦後の国際秩序の形成は、真偽はともかく、日本が降伏し、連合国がそれを受け入れたという形をとることで成立している。その前提である、戦争行為の責任を否定したということは、当事各国の共有視点を否定したも同然となる。ここで様々な葛藤や問題が生じるわけだが、これが「国家史」と呼ばれるものだ。

歴史の視点 新華社が論評した「福沢諭吉が一万円札に居座る理由」

9月15日、新華社通信日本語版に「日本紙幣に居座り続ける古顔、福沢諭吉」と題し、日本人の世界観、価値観は如何なるものなのかというコラムが載った。新華社は、中国国務院直属の報道機関であるため、ここに同記事が掲載されたのは中国の日本史観の表れであると思われる。

記事の内容はこうだ。
福沢諭吉は、西洋の学問に心酔し、明治時代における「文明開化」に尽力した人物だ。また、日本近代思想史において、最も早くに「Civilization」を「文明」と訳し、「文明」の概念を導入すると同時に、文明の優劣を説いた。
日本人は、福沢諭吉以前から、司祭マテオ・リッチによってもたらされた世界地図や宣教師が故郷を「欧州」と呼び、中国や朝鮮、日本を「アジア」と呼んでいたことから、東西や欧亜、秩序があり優れた欧州と半開野蛮なそれ以外の地域という、線引きがあることを理解していた。
福沢諭吉は、この理解の基礎の上に、「脱亜入欧」という文化の優劣による評価を導入していった。西洋文化の風がアジアに入り込めば、古いしきたりに囚われた清国や朝鮮は国家滅亡の運命から逃れられず、巻き込まれないようにいち早くヨーロッパ列強の一員となるべきであると考えた。この思想が広く影響を与え、「西洋には属さないが、アジアの独特な文明とも異なる」という今日にも通じる考え方を日本人にもたらした。
その後、表面的にはそれと相反する岡倉天心が「アジアは一つ」と題するアジア主義を打ち出し、第二次世界大戦に至っては、「脱亜入欧」と「アジア主義」は結合することになる。これこそが、大東亜共栄圏のイデオロギーである。
福沢諭吉が1万円札に刷られていることは偶然ではない。日本が歴史問題を認めないのも偶然ではない。この二つの事柄は、すべて同じ歴史的根源から来ている。これこそが、近代日本の自己定義における主体の欠如である。
「犬と鬼 知られざる日本の肖像」(2002)の作者アレックス・カー氏は、中国人学者は日本人学者と違って、「自国の文明の特異性と優越性」を強調したり、それを研究の帰結点としていないから、気持ち的に楽しいと語ったことがある。
こうした発言の背景には、日本の思想が近代化の過程において生み出した、「他者の視点から自分たちを位置づけ、自己評価を行う」という現象につながる。「脱亜入欧」であろうと「アジア主義」であろうと、根は他者による観察視点である。
「日本は、他者による観察視点で自己を観察することによって、観察の主体を消失させ、核心的価値を喪失させてしまっている。米コーネル大学の酒井直樹氏は語る。ある人物がもし内部の視点から自己を観察する場合、自己を特殊だと思うだろうか?
日本の歴史認識が大きく揺らいできたのは明らかだ。アメリカ占領期から冷戦期にかけては、左翼が勢いを得て、一時は自己批判・反省の機運が高まったこともある。しかし、丸山真男や竹内好などの人物が相次いで世を去ると、日本の歴史観は徐々に右へと傾いていく。特に2000年以降、米中関係が緊張してくるとそれは急激になっていく。このような揺さぶりの激しさ、不安定な歴史認識はまさに、核心的価値の欠如を表している。
福沢諭吉は、一代、また一代と日本人の成長と衰退を見つめ続けている。
(本記事では、ユーロ紙幣の肖像との比較もあったが、割愛してまとめた)

中国人は、「核心的〇〇」という言葉が好きみたいだ。共産党という「一つの歴史しか持ち得ない組織」が支配し、また「歴史は勝者が作る」が常の中国にあっては、その存続を維持する為に「核心的〇〇」がなければならないのだろうが、日本は事情が全く異なる。
他者の観察視点で自己を観察するのは、確かに主体性ないことなのかもしれない。しかし、自己の観察視点そのままに他者を観察した場合、「あいつは異質だ!俺たちの核心的利益を害している!排除し、屈服させよ!」となってしまう行き方も、果たしてどうだろうか?中国には是非、その点の「歴史認識」を持ってもらいたいものである。

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